東京高等裁判所 昭和40年(う)2598号 判決
被告人 田口憲
〔抄 録〕
論旨は、原判決は判示第七において、被告人が佐藤武夫と共謀のうえ、竜道正男から金品を強取しようとして、被告人が金品を要求し、佐藤が刃物様のものを擬してその反抗を抑圧し、腕時計一個を強取した事実を認定した。しかし、佐藤は、被告人が竜道から金品を喝取しようとしているのを認めこれに加担し、クロームメツキの靴べらを竜道の脇腹に突きつけ金品を要求したのであつて、佐藤に強取するというほどの意思があつたか否かは明らかでなく、かつ、佐藤の右の如き行為がなかつたとしても金品の奪取は容易であつたのであつて、本件において佐藤の行為は決定的要素となつておらず、しかも、靴べらを突きつけるということは、よしんばそれが光つていたとしても、社会通念上相手方の反抗を抑圧するに足る行為とは認められないから、被告人らの本件所為は強盗というには当らない。仮に佐藤の所為が強盗に当るとしても、被告人と佐藤との間には現場においてといえども強盗の共謀はなく、ただ恐喝の共謀があつたに過ぎないから、強盗の共謀共同正犯は成立せず、強盗の犯意のない被告人は恐喝の責任を負うに止る。以上、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、到底破棄を免れないというのである。
よつて、記録を調査して按ずるに、原判示第七の事実は挙示の関係証拠によつてこれを肯認するに十分である。即ち、被告人は、原判示日時頃、原判示第四ないし第六記載のような経過で佐藤武夫らと竜道正男を原判示道路上において取り囲んでいるうち、同人から金品を喝取しようと企て、同人を「こつちへ来い」といつて東の方へ僅かばかり連行したうえ、「金を出せ」といつて金員を要求し、同人から金がないといつて断られるや、更に「金がなければ時計を出せ」といつたが、同人が直ちにこれに応ぜず、一時逡巡していたこと、然るに傍らでこれを見ていた佐藤が、被告人に加勢して竜道から時計を強取しようとして、「早く出せ」といいながら所携の刃物様のものを竜道の胸部に擬したこと、この際被告人は突嗟に佐藤と強取の意思を通じ、佐藤から刃物様のものを突きつけられ全く反抗を抑圧されるに至つた竜道の左腕から原判示腕時計をもぎ取り、これを強取したことが明らかであつて、これに反する被告人の当審公判における供述は到底措信し得ない。所論は佐藤が竜道に擬したのは靴べらであつたから本件は結局強盗というに当らないというが、佐藤が竜道に擬したものは白光りがし、先端が尖つていて、竜道の胸部に突きつけた際先端が同人着用のワイシヤツに引つかかつたことが認められるから、右事実に徴すれば竜道がそれを刃物と思いこんで恐怖を感じたことは充分首肯し得るところであつて、よしんばそれが所論のように靴べらであつたとしても、佐藤はこれを刃物に擬して竜道の胸部に突きつけ、同人をして刃物を突きつけられたものと認識させるに足る状況にあつたのであるから、佐藤のかかる行為が一般に反抗を抑圧するに足るものであることはいうを俟たず、従つて、かかる手段をもつて金品を奪取した本件の行為が強盗に当ることは多言を要しない。所論はなお被告人は恐喝の共謀をしたに過ぎず、強盗の意思はなかつた旨抗争するが、被告人が現場において佐藤と強盗の犯意を通じたことは前認定のとおりであつて、所論は到底採用し得ない。その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を加えても、叙上の認定を左右するに足る証左は存しない。さすれば原判決の事実認定は正当であつて、所論のような誤認のかどはない。論旨は理由がない。
(松本 海部 石渡)